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センター試験の国語の問題を解いてみる。 [大学受験]

今年のセンター試験が先週終わりました。毎年英語の問題を解いているのですが、今年は息子が英語の問題を解くかもかもしれないので、珍しく話題になった国語の問題を一問解いてみました。


今年の現代国語は、小林秀夫の文章が出題されて話題になりました。多くの受験生が彼の文章に戸惑ったようでした。

小林秀夫は僕たちが高校生の頃は人気作家のひとりで、僕も何冊か読んだ記憶があります。彼の文章は僕には少し難しくはありましたが、彼の文庫本はどの書店にもおいてありました。とても一般的な作家であったのです。

数年前に、なまった脳みそを活性化させるには難しい文章を読むしかないだろうと思い、結構大きめの書店で小林の文庫本を探したのですが簡単に見つからずにず戸惑ったことがありました。嘗ては若者にも人気があった小林も今の若者の間では全く過去の人になってしまっているようです。

問一を解いた結果は、不覚にも五択で一問だけ間違い得点率は84%でした。しかし、問題は難解というほどでもありませんでした。この問題の得点率が低いとすれば、その理由は文章の難しさよりも、小林秀夫のものの見方に若い人たちが馴染んでいないことが理由なような気がします。

僕は小林秀夫の何をどう読んだかはっきり覚えていません。しかし、久しぶりの彼の文章は難しくはありましたが、その考え方を何の抵抗もなく受け入れることができました。言わんとしてることもよく理解できたのです。

これは僕が彼の作品を幾つか読んでいて、その考え方に共感し、それを自分のものにしているからかもしれませんし、また、そのような見方も一つの視点としてありうるということを知っているからかもしれません。いずれにせよ、そういう前提があれば今年のセンター試験の現代国語問一はそれほど難しくはないと思います。

息子のメイの中学受験のために訪れたある中学校の説明会で、その校長先生が「国語は経験がものをいう」と言われました。経験のない小学生ならもっともなことです。そして、高校生においても同じことが言えるのだと思います。

現代国語にしろ英語にしろ、知的で文化的な事が語られる文章が出題されるのですから、それに関する知識があったほうが絶対に有利なのです。

国語も英語も、文章を読むだけであれば参考書で勉強すれば大丈夫です。しかし、それだけでは文章で語られている内容を理解できるわけではありません。十分理解するにはその背景に関する知識が必要です。そのためにはやはり読書が必要なのです。

この点において息子のメイはかなり弱い。読書はあまりしませんし、テレビバラエティーしか見ません。テレビでもたまには報道やドキュメンタリーでも見れば随分と違うと思うのです。しかし、そこまで口うるさくは言えませんね。高校生ですから彼なりの考え方があるでしょう。先ずそれを尊重しなければならないのです。

今回の国語の平均点は200点満点で100点を切ってしまったようです。小林秀夫が久しぶりに話題になり、かつての高校生としてはうれしいのですが、今の高校生たちにとっては小林秀夫の出題は迷惑な事だったのでしょう。せめて平均点が120くらいでないと受験生はかわいそうかもしれませんね。




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高校生になっても国語が不得意。 [大学受験]

一人息子のメイは中堅クラスの中高一貫校で高校一年になります。

メイが中学時代から一貫して不得意であると認識している科目が国語です。中学入試時代の模試の順位も、国語の出来次第であった記憶があります。

そして今でも、メイの成績で一番ぶれが大きい科目が国語です。試験による出来不出来の差が大きいのです。

その原因は小説文にあります。メイは小説が読めない。正確に言えば、小説文では出題者が期待した答えにたどり着けないのです。一方、評論文は良く読めます。いつも平均点よりはかなり上の点数を取ってきます。

つまり、模試で小説文のウエイトが高ければ点数が悪く、そのウエイトが低ければ相対的な点数がよくなるのです。

メイが小説文で高い得点を取れないのは、個人的な感情が先に立ちそれをうまくコントロールできないからでしょう。これは中学受験時代からの課題でした。

小説は主観的な読み方が許されるものだと思います。人によってその味わい方に違いがあってよい。しかし試験においては、主観的なものであっても客観的な読み方を求められるのです。メイはこれが高校生になっても不得意です。

中学受験時代はボキャブラリーが追いつかず、評論文でもあまり良い点数は取れていなかったのですが、語彙が人並みになったいくにつれて、理論的な文章は読めるが小説は読めないという傾向がはっきりしてきました。

メイは小説が読めないから国語の点数が上がらず、それで国語が不得意であると考えているのです。メイのような生徒は決して少なくはないでしょう。

大学受験では学科によっては小説文おろか国語すら受験科目にありません。しかし、センター試験では国語は必須であり小説文のウエイトは大きいのです。センター試験では小説文が読めないと不利なのです。

センター試験出題の影響力は大きく、否応なく小説文克服の努力を強いられている生徒は多いでしょう。古文と漢文も出題されます。受験生は一定の時間を古典の勉強にも充てなければなりません。

小説は主観的に自由に読んでよいものです。音楽や絵画と同じです。また、漢文や古文で新しい情報は発信されません。古典の知識が必要なのはその研究学科に限定されます。これらの勉強をほとんどすべての受験生に強いる必要があるのでしょうか?

中学受験の場合の国語は、国語力だけでなく、その子供の道徳観や成長度合いなどを見るためにも使われているようでした。小説の理解の仕方を見れば、大人の視点から見た良い子を選別しやすいのです。このことを子どもに教えたら国語の点数が飛躍的に伸びたという記事を週刊誌で見たこともあります。

しかし、高校生はもう大人なのです。道徳観の確認など必要はありません。

国語という科目が重要であるということに異論はありません。しかし、小説文が非理論的であるために国語嫌いになる生徒は多いことも事実なのです。その結果として、非常に大事な母国語の勉強がおろそかになり、日本人全体の国語力が下がっているとしたらこれは国家的損失です。

学校で小説や詩や和歌などを教える必要はあると思います。日本人のメンタリティーを学ぶためには必要です。同じ理由で漢文と古典を学校で教えることにも賛成です。

しかし、大学での勉強にはほとんど必要がありません。センター試験で確認する必要のない知識だと思います。センター試験の国語の出題は理論的な文章に限定して、学生の勉強はその部分に特化させるべきではないでしょうか。

日本の英語教育はよく議論の対象になりますが、それ以上に大切な国語教育も英語教育以上に問題があると思います。もっと議論されるべきです。そして、伝える技術としての国語をもっと重視するべきです。その重要度が芸術や古典の鑑賞以下のはずがありません。

メイの場合にはもう間に合いません。センター試験には必ず小説文が出題されます。センター試験まであと二年。その間に小説を読むコツをつかめるでしょうか。




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大学受験、AO入試の実態と偏差値のトリックを知るための本。 [大学受験]

僕が大学受験を経験したのはもう30年以上も前のことです。それ以降の大学受験の現状は全くわかりませんでした。

息子のメイも高校生になり、中高一貫校では徐々に大学受験モードに入っていきます。メイにアドバイスするために、僕もそれなりに最新の入試事情を知っておきたいと考えていました。事情が分からないとアドバイスもできません。

それで、とりえず読んでみたのが、「学歴の耐えられない軽さ」という本です。本のタイトルが刺激的ですから、2009年の発売当時は話題になったかもしれません。我が家ではメイが中学に入学したばかりでしたので、僕は全く気が付きませんでした。

「耐えられない軽さ」の意味は、自分の学歴の軽さに耐えられないという意味ではなくて、今の大学卒業生の多くが学歴に見合った実力を備えていないという意味です。この本は人材マネージメントを専門とする著者の海老原氏の視点で書かれています。

結論から言うと、とても参考になりました。僕のように大学受験から離れて久しい保護者の方にはお勧めできる本です。卒業後の就職事情も第二章で語られていますので、卒業後も考えて子供の進路の相談に乗る際の参考になるでしょう。

第一章の「学歴のインフレーション」は僕たちの体験したことのないAO入試の問題点についての批判です。タイトルの「耐えられない軽さ」の主人公はAO入試で大学生になった学生達。

昨今、大学生の学力低下が話題になることが多いです。僕もこのブログでこの話題を何回か取り上げました。僕はその原因は、ゆとり教育と公教育の劣化にあると考えていましたが、この本を読んで、大学生の学力低下の真の原因はゆとり教育などではなく、このAO入試であるこを知りました。大学が基礎学力のチェックなしに入学を許可してしまえば大学生の学力が下がるのは当然です。

メイはAO入試ではなく一般入試で大学に進学すると思います。学歴ということだけを考えれば一般入試は不利なのです。5年前のデータですが、あのW大の政経学部ですら一般入試での入学は40%以下なのです。60%の学生たちは一般入試よりも容易な方法で大学に入学していたのです。なにかとても不公平な気がします。

しかし、将来のことを考えれば一般入試のほうがよいわけです。しっかり勉強すれば学歴に見合った学力が身につきます。メイの学校も、私大進学希望でも高校2年までしっかりと主要5科目を学習させる方針のようで、僕もこの方針には賛成です。実力の伴わない学歴は意味がない。でも、AO入試というのは何かずるいというよりおかしいですね。

また、国立と私立の偏差値の違いの説明もありました。実はこの本は、この偏差値の違いをインターネットで調べていて見つけたのです。大学がAO入試枠を増やしたり、受験科目を減らして偏差値を操作する「禁断の偏差値トリック」はなかなか興味深い内容です。表向きの偏差値に迷わされないように、こういったことは知っておいたほうがよいと思います。

第二章は就職についての内容です。

息子のメイはあと一年で文系に進学するか理工系で勉強するかを決めなければなりません。その際に、僕もアドバイスをしなければならないでしょう。そのために、就職時のことを知っておくのは悪くないのです。僕には第二章も参考になりました。

息子の名は高校一年になりましたが、ちょうど良いタイミングでこの本と手にしたと思っています。これで大学入試の実態の大体のイメージがつかめました。







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