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大学受験、AO入試の実態と偏差値のトリックを知るための本。 [大学受験]

僕が大学受験を経験したのはもう30年以上も前のことです。それ以降の大学受験の現状は全くわかりませんでした。

息子のメイも高校生になり、中高一貫校では徐々に大学受験モードに入っていきます。メイにアドバイスするために、僕もそれなりに最新の入試事情を知っておきたいと考えていました。事情が分からないとアドバイスもできません。

それで、とりえず読んでみたのが、「学歴の耐えられない軽さ」という本です。本のタイトルが刺激的ですから、2009年の発売当時は話題になったかもしれません。我が家ではメイが中学に入学したばかりでしたので、僕は全く気が付きませんでした。

「耐えられない軽さ」の意味は、自分の学歴の軽さに耐えられないという意味ではなくて、今の大学卒業生の多くが学歴に見合った実力を備えていないという意味です。この本は人材マネージメントを専門とする著者の海老原氏の視点で書かれています。

結論から言うと、とても参考になりました。僕のように大学受験から離れて久しい保護者の方にはお勧めできる本です。卒業後の就職事情も第二章で語られていますので、卒業後も考えて子供の進路の相談に乗る際の参考になるでしょう。

第一章の「学歴のインフレーション」は僕たちの体験したことのないAO入試の問題点についての批判です。タイトルの「耐えられない軽さ」の主人公はAO入試で大学生になった学生達。

昨今、大学生の学力低下が話題になることが多いです。僕もこのブログでこの話題を何回か取り上げました。僕はその原因は、ゆとり教育と公教育の劣化にあると考えていましたが、この本を読んで、大学生の学力低下の真の原因はゆとり教育などではなく、このAO入試であるこを知りました。大学が基礎学力のチェックなしに入学を許可してしまえば大学生の学力が下がるのは当然です。

メイはAO入試ではなく一般入試で大学に進学すると思います。学歴ということだけを考えれば一般入試は不利なのです。5年前のデータですが、あのW大の政経学部ですら一般入試での入学は40%以下なのです。60%の学生たちは一般入試よりも容易な方法で大学に入学していたのです。なにかとても不公平な気がします。

しかし、将来のことを考えれば一般入試のほうがよいわけです。しっかり勉強すれば学歴に見合った学力が身につきます。メイの学校も、私大進学希望でも高校2年までしっかりと主要5科目を学習させる方針のようで、僕もこの方針には賛成です。実力の伴わない学歴は意味がない。でも、AO入試というのは何かずるいというよりおかしいですね。

また、国立と私立の偏差値の違いの説明もありました。実はこの本は、この偏差値の違いをインターネットで調べていて見つけたのです。大学がAO入試枠を増やしたり、受験科目を減らして偏差値を操作する「禁断の偏差値トリック」はなかなか興味深い内容です。表向きの偏差値に迷わされないように、こういったことは知っておいたほうがよいと思います。

第二章は就職についての内容です。

息子のメイはあと一年で文系に進学するか理工系で勉強するかを決めなければなりません。その際に、僕もアドバイスをしなければならないでしょう。そのために、就職時のことを知っておくのは悪くないのです。僕には第二章も参考になりました。

息子の名は高校一年になりましたが、ちょうど良いタイミングでこの本と手にしたと思っています。これで大学入試の実態の大体のイメージがつかめました。

学歴の耐えられない軽さ やばくないか、その大学、その会社、その常識

学歴の耐えられない軽さ やばくないか、その大学、その会社、その常識

  • 作者: 海老原 嗣生
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2009/12/18
  • メディア: 単行本



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息子が高校生になる。大人への第一歩 [日記]

中高一貫校に通う息子のメイが高校生になりました。

今週入学式があり、僕も会社を休み参加しました。親としてもう何回も通っている学校ですから何も珍しいものはないのですが、一人息子の高校の入学式です。親としても思うことはありました。

式の最中に、入学式の段の上に掲げられた「高等学校」という文字を凝視していると、特別な感慨が沸いてきました。

僕が、今の僕になったのは高校時代からでした。高校時代に友人に出会い、クラブ活動をし、本を読み、いろいろなことを経験し、今の僕の原型ができた。

それから多少の進歩はし、幾つかの欠点は自分で意識して矯正もしてきましたが、僕の基本形は高校時代にできた原型からあまり変わっていません。

今日からメイにとってのその時代が始まる、メイも大人への道の扉を開いたのだ、と考えると何かさびしさも感じました。

子供の成長はうれしいのです。身長も僕よりも高くなったし、生意気なことも言う。成長したなと思う。

寂しさは、子供と自分との関係の中で、自分の存在の意味が変わって行くことに対する感情です。

中学時代は僕が彼の勉強に介入することもできた。ある意味で、中学受験の延長線上に自分を置くことができた。

しかし、壇上に掲げられた「高等学校入学式」の文字を見て、自分のそういった役目はもう終わりにしなければいけないのだろうと思ったのです。それがさみしかった。

メイを一個の人間としてみる。別のレベルで親として存在していかなくてはならないということなのです。

子供の成長に合わせて親も成長しなければならない。昨日までの自分を変えなければならない。子供が成長していくということはそういうことなのでしょう。

メイの高校入学式は、僕にとってはある意味での卒業式となりました。

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日能研の結果偏差値を息子とながめる。 [中学生の日々]

日能研のホームページに2012年の結果偏差値がアップされていました。それを今月から高校生になる息子のメイと眺めてみました。

息子の受験の時とはずいぶんと様相が違っています。

僕たちは首都圏に住んでいるのですが、中堅校に位置する学校が無くなってしまいました。2極化が進んだということでしょうか。

メイが受験した2009年が、僕たちの住む県では中学受験がピークだったようです。

メイの学校も、メイが入学するまでは毎年少しずつですが偏差値は上がっていましたが、ここ数年は停滞気味です。つまり、メイの世代が、今のところ最強世代であるようなのです。

メイたちも、この事は認識しているようで、何かプライドのようなものがあるようでした。

しかし、本当に能力のある最強世代なら、それにあう実績を残す責任がある。

それを、「後輩たちの目標になるように頑張らなくちゃいけないね」とメイに伝えると、納得したように、二階に行って勉強を始めました。

この単純さがメイの良いところなのです。

基本的に、子供と勉強の話をするときは成績の悪い点を指摘するより、おだてる方が効果的。これは子供が高校生になろうかという年になっても変わらないようです。

褒めたくなるような良い成績を取ってくれれば苦労はないのですけどね。

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